製作中止で65億赤字。「結婚」は幻想だった……で悪いか!

ホラー映画界に激震が走った。ユニバーサルとブラムハウスは、2026年公開予定だった『M3GAN/ミーガン』のスピンオフ映画『SOULM8TE(ソウルメイト)』の製作中止を決定した。原因は、直近の続編『M3GAN 2.0』が記録した歴史的な興行的大敗(赤字約65億円)にある。

なぜ「AI美少女との甘い生活」を描くはずだった本作は闇に葬られたのか? そこには、単なる映画の失敗にとどまらない、現代社会における「AIへの飽き」と、我々中年男性が抱く「都合のいいパートナー幻想」の終焉が隠されていた。 本記事では、建築家の視点から「失敗の構造」を徹底解剖し、アプリ婚活やAIに救いを求める男性たちへ冷徹な現実を突きつける。

目次

序論:ピグマリオンの呪いと、自動人形(オートマタ)の黄昏

そもそも、人間が人ならざるものに理想のパートナー像を投影するのは、今に始まったことじゃない。 ギリシャ神話を知っているか? キプロスの王ピグマリオンは、現実の女性に幻滅し、自ら彫り上げた象牙の処女像ガラテアに恋をした。 彼はその彫像に服を着せ、宝石を贈り、あろうことか夜伽(よとぎ)まで共にした。 最終的にアフロディーテが憐れんで像を人間に変えたわけだが、これは美談でもなんでもない。ただの究極の独りよがりだ。 自分の都合のいいように設計された存在しか愛せない男の、哀れな末路と言ってもいい。

時代は下り、18世紀のヨーロッパ。 ジャック・ド・ヴォーカンソンという男が作った「消化するアヒル」や、ジャケ・ドローの書字人形。これら自動人形(オートマタ)は、当時の貴族たちを熱狂させた。 なぜか? それは、精巧な機械仕掛けが「生命の神秘」を模倣していたからだけではない。 「人間の制御下にありながら、人間のように振る舞う」という、支配欲と好奇心の絶妙な境界線を刺激したからだ。 人間というのは、自分より優れた存在は脅威だが、自分の言うことを聞く少しだけ愚かな(あるいはプログラムされた)存在には、無防備なほどの愛着を抱く生き物だからな。

現代におけるその「ガラテア」であり「オートマタ」こそが、AI搭載型アンドロイドだ。 そして、その現代的解釈として大ヒットしたのが映画『M3GAN/ミーガン』だった。 だが、その輝かしい成功は、続編の爆死とスピンオフの製作中止という形で、無惨にも瓦解した。 今回の『SOULM8TE(ソウルメイト)』製作中止のニュース。 表層的な映画ファンは「残念だ」と嘆くだろうが、建築家の視点から見れば、これは「構造計算の時点で破綻していたビルが、着工前に中止になった」だけの話だ。

なぜ、現代のピグマリオンたちは、夢見たソウルメイトに会うことすら許されなかったのか? その背景には、映画ビジネスの構造的欠陥と、我々人類が直面している不気味の谷の向こう側にある絶望的な現実が横たわっている。 この事象を単なるエンタメニュースとして消費するのは、あまりにも知能が低い。 ここでは、歴史的、経済的、そして心理学的な側面から、このプロジェクト破綻の全貌を徹底的に解剖する。


第1章:続編という名の「粗悪な増改築」——『M3GAN 2.0』の失敗学

1. 「バロック化」するコンテンツの末路

建築様式には流行り廃りがある。 ルネサンスの調和と均衡が崩れると、やがて過剰な装飾と劇的な効果を狙ったバロック様式、そしてロココ様式へと移行していく。 映画のシリーズ物も同じだ。 第1作目がシンプルで機能的なモダニズム建築として評価されたとしても、続編を作ろうとする際、無能なプロデューサーたちは必ずこう考える。 もっと派手に、もっと豪華に、もっと複雑にと。

『M3GAN 2.0』が陥ったのは、まさにこの悪しきバロック化だ。 製作費は前作の1,200万ドルから3,800万ドルへと、約3.2倍に膨れ上がった。 日本円にして約57億円だぞ? 57億円あれば、都心の一等地にそれなりのスペックのマンションが一棟建つ。 だが彼らはその金を、恐怖の質を高めるためではなく、ただの装飾(デコレーション)に使った。

より滑らかなCG、より派手な破壊描写、より多くの登場人物。 ミース・ファン・デル・ローエの言葉を知っているか? “Less is more.”(少ないことは、より豊かなことだ)。 恐怖の本質は「見えないこと」「語られないこと」にある。 予算が増えて何でも映像化できるようになった瞬間、観客の想像力が入り込む隙間(余白)がコンクリートで埋め尽くされ、そこには窒息しそうなほどの退屈だけが残ったわけだ。

2. ROI(投資対効果)の完全なる崩壊

数字の話をしようか。感情論は嫌いなんでな。 前作の『M3GAN』は、世界興収1億8,100万ドル(約270億円)を叩き出した。 製作費1200万ドルに対してこのリターン。投資案件としては極めて優秀だ。

だか、続編はどうだ? 世界興収5,820万ドル。 先ほども言ったが、映画館の取り分や配給コストを引けば、スタジオの手元に残るのは興収の半分程度だ。 製作費3800万ドルに、全世界での宣伝費(これも製作費と同等かそれ以上かかるのが通例だ)を足せば、総支出は7000万ドルを軽く超える。 入ってくる金は約2900万ドル。 差し引き4000万ドル以上の赤字。 日本円で約65億円の損失だ。

おいおい、65億円だぞ? 中小企業の社長なら、この数字を見た瞬間に心筋梗塞を起こして倒れるレベルだ。 ホラー映画の続編はオリジナルを超えられないというジンクス(Diminishing Returns)があるとはいえ、70%近いダウンは異常事態だ。 これは単なる「不振」ではない。市場からの拒絶だ。 観客は敏感だ。作り手の金儲けの匂いには、腐った肉に群がるハエよりも早く気づき、そして飛び去っていく。


第2章:『SOULM8TE』——90年代エロティック・スリラーへの郷愁と誤算

1. 失われた「官能」の系譜

製作中止になった『SOULM8TE』。 この作品が目指していたのは、昨今のポリコレに配慮しすぎて無菌室のようになったハリウッド映画へのアンチテーゼだったはずだ。 具体的には、90年代に一世を風靡したエロティック・スリラーの復権だ。

ポール・バーホーベンの『氷の微笑』(1992)。 エイドリアン・ラインの『危険な情事』(1987)、『桃色等の情事』(1993)。 これらの映画には、共通するテーマがあった。 愚かな男が、魅力的だが危険な女(ファム・ファタール)に溺れ、社会的地位も家庭も崩壊させていく様を、観客がニヤニヤしながら見守るという構造だ。 そこには、理性と本能の葛藤があり、破滅への甘美な誘惑があった。

『SOULM8TE』は、そのファム・ファタールをAIに置き換えた。 これはアイデアとしては悪くない。 生身の人間相手ではコンプライアンス的に描きにくい過激な描写も、「相手は機械ですから」という言い訳があれば可能になるかもしれないからだ。 妻を亡くした50代の男が、寂しさを埋めるために購入した理想のAI妻。 彼女は完璧な美貌と、男の好みを学習し尽くしたアルゴリズムで彼を籠絡する。 だが、その愛はやがて狂気へ変わり、男の周囲を排除し始める……。

2. なぜこの企画は「今」殺されたのか?

だが、この企画は日の目を見ることなく抹殺された。 理由は単純。客がいないと判断されたからだ。 90年代、我々はまだインターネットの黎明期にいた。 未知の他者との出会いはスリリングであり、そこにはドラマがあった。

だが今はどうだ? マッチングアプリを開けば、アルゴリズムによって選別された顔写真が無限に並び、指先一つでスワイプされる。 ポルノグラフィは無料であふれかえり、VRゴーグルをつければ誰にも迷惑をかけずに欲望を処理できる。 現代の男たちは、わざわざ映画館に行ってまで他者(AI)との面倒な恋愛トラブルを見たいとは思わないのだ。

現実世界ですら恋愛離れが進んでいるのに、フィクションの中で泥沼の愛憎劇を見せられるなど、今の観客にとっては苦行でしかない。 スタジオは気づいたんだよ。 エロティック・スリラーを求めているのは、90年代を懐かしむ一部の老人だけで、主要なターゲット層(Z世代)には刺さらないとね。


第3章:不気味の谷を超えた先にある「無関心」

1. ロボット工学の父、森政弘の警告

1970年、日本のロボット工学者、森政弘博士は不気味の谷現象を提唱した。 ロボットが人間に似てくれば似てくるほど親近感は増すが、ある一点を超えると、急激に強い嫌悪感(不気味さ)に変わるという理論だ。 『M3GAN』の第1作目がヒットしたのは、あの人形が絶妙に不気味の谷の底にいたからだ。 人間っぽい動きをするが、どこか決定的に人間ではない。その違和感が恐怖を生んだ。

だが、今のAI技術の進化スピードを見てみろ。 生成AIが作る画像や動画は、もはや現実と区別がつかないレベルに達している。 不気味の谷は、技術によって埋め立てられようとしているのだ。 そうなるとどうなるか? 人間そっくりのAIは、もはやホラーの対象ではなく、ただの日常風景になる。

街中のサイネージ、スマホの中のコンシェルジュ、あるいはSNSのインフルエンサー。 既に我々はAIに囲まれて生きている。 恐怖というのは「未知」から生まれる感情だ。 既知のもの、日常に溶け込んだものに対して、人間は恐怖を感じない。ただ無関心になるだけだ。 ホラー映画としての『M3GAN』シリーズの賞味期限が切れたのは、AIが特別でなくなった瞬間、つまりChatGPTが普及したあの瞬間だったのかもしれないな。

2. サンクコスト(埋没費用)の呪縛からの解放

経済学にはサンクコスト(埋没費用)という概念がある。 既に投下してしまい、回収不可能な費用のことだ。 ダメな経営者や、パチンコにのめり込む愚か者は、これまでこれだけ金をかけたんだから、あと少しで取り戻せるはずだと考えて、さらに傷口を広げる。 だが、ブラムハウスのジェイソン・ブラムは違った。

彼は冷徹なリアリストだ。 『2.0』の失敗を見て、M3GANユニバースという構想そのものが、もはや金を産まない負債(サンクコスト)になったと瞬時に判断した。 だから『SOULM8TE』をキャンセルした。 すでに脚本開発やプリプロダクションに数億円は使っていたかもしれないが、それをドブに捨ててでも、将来の数十億の赤字を回避する方を選んだのだ。

これは、あんたたち婚活市場の住人にも言えることだ。 このアプリに何万円も課金したから、この女性と半年メールしたからといって、脈のない相手に執着し続ける。 それがどれだけ非合理的な行動か、ブラムハウスの爪の垢でも煎じて飲むべきだな。


結論:孤独という「特権」を噛み締めろ

長々と語ってきたが、結論は一つだ。 「理想のパートナー」など、テクノロジーを使っても作れない。 それが今回の製作中止騒動が突きつけた、残酷な真実だ。

人間は、他者と関わる限り、必ずノイズ(摩擦)を生む。 相手が人間だろうが、AIだろうが、関係性を持とうとした瞬間に「平穏」は死ぬ。 『SOULM8TE』の主人公のように、孤独を埋めるために何かを導入しようとする行為自体が、システムのエラーの始まりなんだよ。

一人でいること。 それは寂しいことではない。 誰にもペースを乱されず、自分の美学に従って時間を支配できる、「究極の贅沢」だ。 いい肉を焼き、完璧な音響でマーラーの交響曲第5番を聴く。 そこに、嫉妬深いAIも、金のかかる婚活も、期待外れの続編映画も入り込む余地はない。

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この記事を書いた人

「ホラー映画とは、設計ミスをした人間に下される鉄槌である」が持論の偏屈建築家。 お化け屋敷の動線からゾンビパンデミックの拡散シミュレーションまで、映画の中の「恐怖」ではなく「構造」を評価する。 ジャンプスケア(驚かし)には眉ひとつ動かさないが、非論理的な行動で事態を悪化させる登場人物には容赦なくダメ出しをする。 「一人で観る」のが基本スタイル。絶叫は騒音。以上。

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