史跡には手を出すな、というのが常識だ。だが今回はその常識を無視した連中がいる。1981年に無名の若者たちが森の中で自主製作した怪作が、時を経てカルト映画の聖域と化した。それを2013年、丸ごと解体して新築するという暴挙に出たわけだ。
しかも現場を任されたのは、ハリウッドでの実績が皆無のウルグアイ人。普通ならこの時点で工事は頓挫する。ところが蓋を開けてみれば、世界興収は製作費のおよそ5.7倍という結果を叩き出した。数字だけ見れば見事な仕事だ。ただし、褒め言葉と拍手喝采がイコールだと思ったら大間違いだ。批評家支持率は約63%。要するに、賛否が割れるのは失敗の証拠ではなく、正直な採点表が出たというだけの話だ。
死霊のはらわた(2013)という名の建て替え物件
やれやれ。今度は伝説の建物を丸ごと建て替えました、という物件の話か。1981年、素人同然の連中が森の中にバラック小屋を建てた。それが後にカルト映画という名の史跡になった。その史跡を2013年、まるごと取り壊して新築したのが今回の物件だ。
結論から言ってやる。この建て替えは、施主(サム・ライミ)が現場監督(フェデ・アルバレス)に鍵を渡して好きにしていい、と言った、珍しく潔い仕事だ。世界興収は約9,754万ドル、製作費約1,700万ドルの5.7倍。数字だけ見れば優等生だ。ただし優等生の答案が全員から拍手されるとは限らない。批評家支持率は約63%。要するに、それはシステムのエラーではなく、正直な採点結果というだけの話だ。
史跡指定物件の建て替えという矛盾
そもそも完成度と別の価値を持つ建物を建て替えるという企画自体が矛盾を抱えている。若いライミたちが資金をかき集め、自分の手で血糊を作り、森の中で工夫を重ねて完成させた物件だ。その作り手の狂気自体が史跡としての値打ちになっている。だから発表段階で反発が出るのは当然だ。ただし今回は第三者が勝手に史跡を再利用したわけではない。オリジナルの制作者自身が関与していた。これは大きな違いだ。
YouTubeの短編から現場監督を引き抜くという博打
アルバレスはハリウッドで長編を撮った経験すらない、ウルグアイ出身の無名に近い若造だった。きっかけは2009年の短編『Panic Attack!』。それをライミたちがネットで見て抜擢した。要するに、施工実績ゼロのなんちゃって職人に、伝説の建物の建て替えを任せたわけだ、言うなればアシスタントの英二君に任すようなものだ。
普通なら正気の沙汰ではない。だが施主自身が監督は一人であるべきだ、という考えを重視し、最終的に若造のビジョンを尊重したという。よけいなお世話を焼かず、口は出しても手綺は握らなかったということだ。この手放しっぷりだけは、正直、褒めてやらんこともない。
俺の失敗談。若手に現場を任せて後悔した話
俺にも覚えがある。以前、経験の浅い若手スタッフに現場の采配を丸投げしたことがある。結果、施主の要望を無視した独自解釈の間取りが出来上がり、修正に倍の手間がかかった。任せることと、放置することは違う。今回の物件は、ライミが意見は出すが最終判断は譲る、という、ギリギリの線を守ったからこそ成立した。素人が思いつきで真似すれば、大抵は俺の二の舞になる。
脚本まで任せることになった経緯
当初、アルバレスとロド・サヤゲスにストーリー案だけを出させ、別の脚本家に清書させる予定だったという。ところが二人の草稿の出来が良かったため、そのまま脚本を任せることになった。要するに、下請けに見積もりを出させたら、そのまま元請けに昇格させたようなものだ。現場の実力を見て判断を変える柔軟さは、施主として悪くない資質だ。
笑いを削ぎ落とし、恐怖だけを残した設計変更
シリーズと言えばチェーンソーとブラックユーモアを連想する奴が多いだろうが、それは『II』以降の話だ。1981年の初代はもっと純粋な恐怖建築だった。アルバレスはそこに目をつけ、2013年版ではコミカルな要素を大幅に削り、暴力を笑いへ逃がさない設計にした。
批評サイトの総評でも、オリジナルの荒唐無稽なユーモアは薄いが、猛烈な恐怖とゴアで補っていると評されている。要するに、それは増築ではなく減築だ。笑いという名の装飾を剥がし、恐怖という構造体だけをむき出しにした。飾りを削ぎ落とす勇気があるだけ、この現場監督はマシな部類だ。
薬物依存という名の巧妙な配管設計
主人公ミアは薬物依存から抜け出すために森の小屋へ来る。この設定が効いている。ホラー映画にありがちななぜ逃げないのか?という欠陥配管を、依存症という理由で塞いでいるのだ。異常な言動も禁断症状で説明がつく。悪魔憑きと依存症の症状を意図的に重ねる仕掛けは、単なる思いつきの設定変更ではない。配管の詰まりを事前に計算した、まともな設計図だ。
撮影地はニュージーランドという意外な下請け先
物語の舞台はアメリカだが、実際の撮影はニュージーランドで行われている。オークランド郊外のウッドヒル・フォレストと、イースト・タマキのスタジオだ。プロデューサーのロブ・タパートが以前からこの土地と深い縁を持っていたという。要するに、地元業者に頼らず、腕のいい下請けを海外から呼び寄せたということだ。この判断が後の『Ash vs Evil Dead』や『Evil Dead Rise』にまで引き継がれているのだから、下請け選びとしては大成功だったわけだ。
CGを使わず、本物を撮るという職人気質
アルバレスは可能な限り実物効果にこだわった。切断された腕、裂ける皮膚、血液。これらを特殊メイク、血液ポンプ、強制遠近法といった昔ながらの方法で組み立てている。CG信者には理解できないだろうが、目の前に本物の血糊とメイクがあれば、俳優は想像に頼らず演技できる。グリーンスクリーンに向かって一人芝居をする素人仕事とは訳が違う。
制作全体で使われた血糊の量は約5万ガロン(5万ガロンは約18万9,270リットル)と現場監督本人が語っているそうだが、この数字は本人証言止まりで、会計資料で裏が取れているわけではない。数字を鵜呑みにして騒ぐのは素人だ。それでも画面が文字通り赤く染まる映像を見れば、大量の液体を投入したこと自体は疑いようがない。
NC-17との攻防。削ったのは尺であって魂ではない
最初のバージョンは*NC-17相当と判断され、R指定に収める必要があった。ここでスタジオにズタズタに切られた、と悲劇的に語りたがる評論家気取りがいるが、実態は違う。ショットを丸ごと削除したのではなく、映す時間を数フレーム短くしただけだ。3秒を2秒にする程度の調整で規制をかいくぐった。現場監督本人も、この編集でむしろ映像が鋭くなったと語っている。図面の一部を削られて泣き言を言う施工業者より、よほど大人の対応だ。
*(正式名称は「No One 17 and Under Admitted」の略で、17歳以下の鑑賞は保護者の同伴があっても一切禁止され、18歳以上のみが入場できる成人向け作品を指します。)
ジェーン・レヴィという名の頑丈な構造材
主演ジェーン・レヴィは、依存症の女性、死霊に取り憑かれた存在、そして生存者として戦う人物という三役を一人でこなした。泥、血、雨、埋葬シーンの撮影を身体で受けながら演じている。CGに逃げず、実際に汚れ役を引き受けたという点で、この俳優は現場に対して誠実だった。
アッシュを再現しなかったという度胸
重要なのは、この物件があえて新しいアッシュを作らなかったことだ。ブルース・キャンベルの代役を若手に演じさせるという安易な改修をせず、ヒーロー像そのものを組み替えた。中心人物をミアに移すという構造変更は、初代を知る客の予想を裏切る、なかなか度胸のある設計判断だ。ブルース・キャンベル本人は製作に回り、本編では大活躍しない。過去の遺産に頼らず、新しい登場人物だけで物語を成立させたのは、施主が現場監督に語ったという自分自身の映画を作った方がいいという助言の結果だ。
脇を固める面々の役割分担
兄デビッドは表面上、従来型ホラーの主人公に見えるよう配置されている。死者の書を読んでしまうエリックは、観客から最も怒られそうな役どころだが、同時に物語を読み解く役割も担う。看護師オリビアは医学的知識が死霊の前では無力になる皮肉を体現し、ナタリーは特殊メイクの目玉となる腕のシーンを引き受ける。全員に明確な機能を割り振った配役は、行き当たりばったりの現場ではまず組めない設計だ。
批評は割れて当然。飾りを剥がせば好みが分かれる
Metacriticでは57点、Rotten Tomatoesの批評家支持率は約63%。*Mixed or Average Reviewsという評価だ。高く評価した側は特殊効果とアルバレスの映像感覚を認め、厳しい側は登場人物の薄さやユーモア不足を指摘した。
これは当然の帰結だ。恐怖という基礎だけを残し、笑いという装飾を剥がしたのだから、装飾を求めていた客は殺風景だ、と文句を言うし、剥き出しの恐怖を求めていた客は満足する。どちらが正しいかを決める必要はない。なぜ割れるのかを説明すれば、それで十分な仕事だ。
*(Mixed or Average Reviewsは、主に海外の大手レビュー収集サイト(Metacriticなど)で用いられる評価区分のひとつで、賛否両論または平均的な評価を意味します)
玄人より素人客の方が正直だという話
ちなみに観客評価は批評家より高い水準を保っている。要するに、玄人筋が減点方式で採点している間に、素人客は素直に満足しているという、よくある構図だ。批評家気取りが怖さよりグロテスクさを優先している、と眉をひそめる横で、金を払った客は普通に楽しんでいる。どちらの言い分も嘘ではない。ただ、見ている場所が違うだけの話だ。
興行収入は明確な成功。数字が正直に物語る
製作費約1,700万ドルに対し、北米初週末だけで約2,578万ドル。最終的な世界興収は約9,754万ドル。単純計算で製作費の5.7倍だ。もちろん興行収入がそのまま利益になるわけではない。劇場取り分や宣伝費もある。だが1,700万ドル級のR指定ホラーとしては十分すぎる結果だ。
2013年当時は低予算ホラーが当たれば何倍もの売上になるという市場環境も追い風だった。『パージ』や『死霊館』など同種の物件が次々と成功していた年だ。要するに、時流という名の追い風にも恵まれた建て替えだったということだ。運も実力のうちと言うが、今回は運だけでなく設計そのものが堅実だった点を評価してやる。
総評
この建て替えは、伝説の建物をそのまま復元する道を選ばず、骨組みだけを残して全く別の恐怖を建てるという道を選んだ。笑いを削り、痛みを増やし、CGに逃げず、主人公を女性に据えた。その判断は賛否を呼んだが、少なくとも昔の成功を真似ただけの劣化コピーにはならなかった。
興行収入は明確な成功、批評は賛否両論。この二つを混同せず、正直に両方書いておくのが誠実というものだ。完璧な建て替えなど存在しない。だが、伝説的な建物であっても恐れず作り直していいという証明にはなった。それだけで、この物件はギリギリ及第点だ。ただし、褒めているわけではない。単なる事実の指摘だ。
関連する現場も見ておけ
この建て替え物件がどんな史跡の上に建っているか気になる奴は、元の現場も見ておけ。