死霊のはらわたライジング大成功だと?図面はこの目で検査するまで信じない

山小屋を捨てて、集合住宅で血まみれになる。
それだけでシリーズが生まれ変わった、と持ち上げる連中が多すぎる。

世界興収は約1億4,700万ドル。
数字だけなら優等生だ。だが優等生の内申書ほど、鵜呑みにすると痛い目を見るものはない。

監督本人の言葉、批評家たちの賛否、そして血糊6,500リットルの裏にある勘定書。
この記事では、それを建築家の目で一枚ずつ検査していく。

山小屋がなくてもシリーズは成立するのか。
その答えを、僕の屁理屈で出す。

目次

やれやれ、まず結論だ。数字は優等生、中身は好みが割れる

山小屋を捨てて大成功という景気のいい話が、また回ってきた。

『死霊のはらわた ライジング』。世界興収は約1億4,700万ドル、製作費は約1,500万〜1,900万ドルと報じられている。数字だけ見れば優等生なわけだが。

だが、数字は図面であって建物じゃない。図面が立派でも、住んでみたら雨漏りする家を僕は何棟も見てきた。

だから今日は、この映画を建築家の目で検査する。褒めるところは褒める。ただし褒め言葉は原価が高い。安売りはしない。

数字の話から始める。成功は認める、だがなぜ?は別の話だ

世界興収は製作費の7倍以上

*The Numbersでは世界興収が約1億4,726万ドル、**Box Office Mojoでは約1億4,713万ドルだ。集計元で約12万ドルの差があるが、桁の違いではない。

製作費をThe Numbersの1,500万ドルで見れば、約9.8倍になる。上出来だ。ここは素直に認める。

*The Numbers(ザ・ナンバーズ)は、映画の興行収入データを専門に追跡・分析するアメリカの代表的な映画ビジネス情報サイトです。

**Box Office Mojo(ボックス・オフィス・モジョ)は、映画の興行収入データを体系的に集計・公開している世界最大級の映画興行情報サイトです。

ただし興収は利益じゃない

興収からは劇場の取り分、宣伝費、配給費が引かれる。約10倍だから10倍儲かった、と言う連中は、床面積だけで家賃を決める不動産屋と同じだ。

それでも低予算ホラーとして極めて効率のいい部類なのは事実だ。ここまでは文句のつけようがない。

山小屋を捨てたと大騒ぎするが、間取りを変えただけだ

構造は何も変わっていない

森の山小屋からロサンゼルスの老朽化した集合住宅へ。確かに舞台は変わった。

だが、死者の書が開き、悪霊が憑依し、逃げ場のない空間で人間が壊されていく。この骨組みは1981年から一本も柱が動いていない。要するに、増築ではなく間取り変更だ。基礎はそのままなわけだが。

設計者として気になる点

地震で地下に隠された空間が露出する。集合住宅の地下に、図面に載っていない部屋があるわけだ。そんな物件は確認申請が通らない。恐怖の前に、まず施工不良を疑え。バカかお前は、と言いたくなる。

ただし、知らない場所へ行く恐怖を毎日使う場所が壊れる恐怖へ反転させた発想は、設計として悪くない。そこは評価する。

監督本人の口から出た言葉を、まず聞いておけ

山小屋には戻りたくなかった

リー・クローニン監督はIndieWireの取材で、山小屋でもう一本撮ることにコメントでhad no interest(まったく興味(関心)がなかった)と語っている。理由は前作の2013年版がすでにリブートをやっていたからだ。

つまり山小屋を捨てたのは革命でも何でもない。同じ場所で同じことをやっても、比べられて負けるだけだと分かっていた。合理的な撤退だ。

apeしないという宣言

Why Nowのインタビューで、監督はI didn’t want to ape Evil Dead movies in any wayと言っている。猿真似はしたくなかった、という意味だ。ただし精神面と作風では繋がっていたいとも述べている。

口で言うのは簡単だ。問題は、真似をしないことと、繋がりを残すことの両立をどこまで実現できたか、なわけだが。その答えは、あとの評価の章で出す。

家族ものが「近道」だという告白

Inverseの取材では、家庭や家族を舞台にするホラーに惹かれる理由をa beautiful shortcut to communicating with an audienceと表現している。観客に伝える美しい近道、ということだ。

近道、と自分で言った。ここは正直だと思う。設計で言えば、実績のある構造形式を採用するのと同じで、手堅いが冒険はしていない。褒めるべきか刺すべきか、迷うところだ。

Sight and Soundが指摘した元ネタを、僕なりに解剖する

集合住宅ホラーの先達は他にいる

BFIのSight and Soundは、本作が『デモンズ2』(1986年)や『[Rec]』(2007年)の高層住宅地獄に学んでいると指摘している。さらにキューブリックの『シャイニング』のエレベーターの血の洪水も取り込んでいる、と。

これは重要だ。山小屋を捨てた大胆な発想ではなく、集合住宅ホラーという既存の工法をシリーズに移植した、と言ったほうが、実態に近い。

創造ではなく編集の腕前

同じ評は、この映画が森へと戻る「macabre Möbius loop」を描いているとも書く。不気味なメビウスの輪、ということだ。

集合住宅もエレベーターも既にある部材だ。それを組み合わせて『死霊のはらわた』の構造に嵌め込んだ。発明というより、腕のいい施工だ。悪い意味で言っていない。施工の腕は、設計の才能と同じくらい貴重だ。

撮影地はニュージーランド。舞台はロサンゼルスの嘘

ロケではなく、精巧な模型だ

物語の舞台はロサンゼルスだが、実際の撮影は主にニュージーランドで行われた。The Numbersも撮影国としてニュージーランドを記載している。映画に登場するアパート内部の多くは、綿密に作られたセットだ。

これは僕の職業病が疼く話だ。本物の建物ではできないことを、セットならできる。壁を破壊できる。床を落とせる。エレベーターを丸ごと血のタンクに沈められる。通常のロケでは到底不可能な仕込みを、模型だからこそ実現できたわけだ。

模型は嘘ではない、設計図の続きだ

本物の場所じゃないから安っぽい、と決めつける客がいるが、それは素人の発想だ。建築模型は嘘をつくための道具じゃない。壊れ方を先に検証するための道具だ。

この映画は、壊れる建物を精密に作り込み、その壊れ方を計算し尽くした。だからこそ、血の洪水も肉体破壊も、行き当たりばったりに見えない。撮影地を偽ったのではなく、設計図どおりに壊すために、都合のいい模型を選んだだけだ。ここは施工の勝利だと認める。

コロナ禍のせい? 僕は半分しか信じない

確認できるのはここまでだ

脚本執筆はロックダウンの時期と重なっている。チーズおろし器の場面も、家庭内の身近な物を恐怖の道具として考える中から生まれたと報じられている。ここまでは裏が取れている。

そこから先は評論家の妄想だ

家から出られない閉塞感がヒットの理由だ、という話は、映画全体がパンデミックの比喩として作られたと確認できて初めて言える。今のところ、その確認はない。

ヒットの理由は、完成度、シリーズの知名度、予告編の反響、2023年前後のホラー市場の好調と、複数が絡んでいる。単一原因で語りたがるのは、論理じゃなく物語が欲しいだけだ。要するに、それはシステムのエラーだ。相関を因果と取り違えている。

血糊6,500リットル。ソースのかけすぎか、本気の仕込みか

量は確かに異常だ

使用した血糊は約6,500リットル、約1,700ガロンだ。工業用のキッチン設備まで必要だったという。エレベーターのセットを血のタンクに沈める規模で、CGに逃げず物理効果にこだわった。この執念は認める。

料理人としての意見を言おう

いい肉は、ソースをかけすぎると死ぬ。これが僕の信条だ。

先日、この映画のBlu-rayを観ながらステーキを焼いていた。血のシーンに気を取られて、フライパンの肉を焦がした。一枚、無駄にした。実害まで出す映画は、そう多くない。

血が主役の料理は、ソースを楽しむ客には最高で、肉を味わう客には過剰だ。どちらの客が多いかで評価が割れる。

労働環境は設計されていたのか

俳優は粘度の高い血糊で身体がくっつき、腕を広げたまま待ったという。演技に本物の疲労が乗るのは結構だが、それを美談にする前に、現場の安全と負担は設計されていたのかを僕は聞きたい。

チーズおろし器という日用品の逆襲

3日がかりの職人仕事

あの場面は狭いキッチンで約3日かけて撮影されたそうだ。脚の傷は特殊メイク、おろし器側にも撮影用の加工を施し、境界をVFXで処理している。

実写かCGかの二択じゃなく、核は物理効果、必要な所だけデジタルで補強する。手順としては正しい。

怖いのは道具じゃない

建築の事故の多くは、階段、浴室、キッチンで起きる。日常の空間ほど危ない。人は慣れた場所で警戒を解くからだ。

昔、僕は自分の設計した住宅の階段で、手すりの高さを3センチ攻めすぎて施主に叱られたことがある。美しさを優先して、握りやすさを疎かにした。完全に僕のミスだ。日常の道具は、美しさより使い心地で殺すし、殺される。この映画はそれを血まみれで実演してみせた。

やれやれ。しばらく、おろし器を見るたびに脚がむずむずした。設計者として、この演出が効いたことは認めるしかない。

母親が憑依される話は、結婚がデメリットな証拠だ

エリーは怪物ではなく母親だ

アリッサ・サザーランド演じるエリーは、ただ叫んで暴れるだけの怪物じゃない。優しい声を使い、子どもを呼び、家族しか知らない言葉を武器にする。母親の人格を悪霊が道具として使う。

監督は、母親が心のどこかで感じても愛情ゆえに口にしない暗い感情を、悪霊が言葉にしていると説明している。

だから結婚は人生の墓場なのだ

家族という最も安全なはずのシステムが、内側から壊れる。外敵より内部の裏切りのほうが、構造体には致命的だ。

結婚なんてものは、人生の墓場だ。この映画は、それを120分弱で証明してみせた。子どもが3人もいれば、逃げ場はさらに減る。ほっといてください、と言いたくなるのは僕だけか。

ただし、ここは本作の一番いい設計だ。血の量より、この家族の言葉の使い方のほうが、よほど怖い。

HBO Max落ちが劇場ヒットに化けた話を、美談にするな

事実はこうだ

当初、本作は*HBO Max向けの配信作品として計画されていた。それが試写の反応の良さと、ワーナーが配信専用映画を減らして劇場公開を重視する方針に動いたことで、劇場公開に切り替わった。

北米は2023年4月21日に3,402館で公開され、初週末は約2,450万ドルで2位だった。事前予測の1,500万〜2,000万ドルを上回っている。

*HBO Max(エイチビーオー・マックス)は、アメリカの大手メディア企業ワーナー・ブラザース・ディスカバリーが運営する定額制動画配信サービス

これは英断ではなく、運のいい賭けだ

配信より映画館の勝ちと言いたい連中がいるが、成功した後に語る理屈は、だいたい後付けだ。劇場変更が最大の要因だった可能性は高い。だが、他の要因と切り離して証明はできない。

ワーナー内部の意思決定の詳細も、僕たちは知らない。知らないことを知ったように語るのは、施工図なしに家を建てるのと同じだ。

評価が割れるのは、この映画が二重人格だからだ

数字で見る評価

*Rotten Tomatoesは、2026年9月時点で批評家85%、認証済み観客76%だ。批評家は242件を集計している。**Metacriticは38レビューで69点、「概ね好評」の区分だ。ゴア表現を売りにするシリーズ作品としては、かなり高い。

*Rotten Tomatoes(ロッテン・トマト)は、映画やテレビ番組のレビューを世界中から収集・集計するアメリカの大手映画レビュー集約サイトです。

**Metacritic(メタクリティック)は、映画、ゲーム、音楽、テレビ番組のレビューを世界中から収集し、独自の計算で点数化して集約する大手総合レビューサイトです。

褒める側の言い分

*RogerEbert.comのレビューは、本作の監督がラミ版とは作風が違うと認めつつ、ラミと共通するものとして「a diabolical imagination」を挙げた。悪魔的な想像力、ということだ。

Time Outは4つ星で、シリーズが「gorily enjoyable way to rise again」を見つけたと評している。血みどろで楽しい復活、という意味だ。

*RogerEbert.com(ロジャーイーバート・ドットコム)は、アメリカの著名な映画批評サイトです。

貶す側の言い分

一方、*Slant Magazineは辛口だ。ラミ版の魂とブルース・キャンベルの魅力がなければ、シリーズはa grab bag of tropesに過ぎないと断じた。定番要素の寄せ集め、という意味だ。

Guardianは3つ星で、For all of its gristle, we’re left very little to chew onと書いた。筋はたくさんあるのに、噛みしめるものが残らない、という趣旨だ。

*Slant Magazine(スラント・マガジン)は、映画、音楽、テレビ番組、舞台、ゲームなどのカルチャーを幅広く扱うアメリカのオンライン批評専門誌です。

なぜ割れるのか

肉の喩えが偶然揃ったのは面白い。褒める側は歯応えのある血の量を評価し、貶す側は噛んだ後に残る味を問うている。基準が違うだけだ。

シリーズを刷新した、こととシリーズらしさを弱めた、ことは、同じ行為の裏表になっている。どちらが正しいかじゃない。何を「らしさ」の柱と見るかが、客ごとに違うだけだ。アッシュ不在を寂しがる客が一定数いるのも、当然のなりゆきなわけだが。

日本では劇場公開されなかった件

確認できる事実だけを言う

ワーナー ブラザース ジャパンは2023年5月、8月2日からBlu-ray、DVD、デジタル販売・レンタルで展開すると発表した。日本版はR18+指定だ。世界では劇場ヒットしたのに、日本ではホームエンターテインメント中心だった。

理由は推測しない

なぜ劇場公開がなかったのか。一次説明は確認できない。R18+の影響か、市場判断か、僕には断定できない。断定できないことは断定しない。それが最低限の誠実さだ。

日本の映画ファンが、世界の大ヒットほどこの作品を知らなくても、それは観客のせいじゃない。

総評:成功作だ。ただし山小屋不要論の証明ではない

結論を言う。『死霊のはらわた ライジング』は、シリーズを壊さずに新しい場所へ連れて行った、成功作だ。世界興収約1億4,700万ドル、製作費約1,500万〜1,900万ドル、批評家スコア85%、Metacritic 69点。異論の余地は少ない。

だが、これで「アッシュも山小屋も要らない」と証明されたと思うなら、それは早計だ。理由は三つある。

  • 集合住宅ホラーの工法は『デモンズ2』や『[Rec]』にすでにあった。独創というより、移植の巧さだ。
  • 成功の要因は複数あり、配信から劇場への変更という運も含まれる。
  • 批評の割れ方は、山小屋なしの選択が「好み」を分ける賭けだったことを示している。

この映画の一番の価値は、血の量ではなく、家族の言葉を武器にした設計にある。そこを見ずに血糊の量だけで語る客は、ステーキのソースだけを食べて肉の味を語る客と同じだ。

そしてもう一つ。監督自身が「ape」したくないと言い、実際に集合住宅という既存の工法を持ち込んだ。模倣を避けたつもりが、別の元ネタを借りている。これは責めているわけじゃない。建築だって、ゼロから発明された工法などほとんどない。優れた設計とは、既存の部材をどこに、どう嵌め込むかの精度で決まる。その意味で、この映画は正直な仕事だ。

やれやれ。観るなら、家族が寝静まった夜にどうぞ。ただし、キッチンには立たないほうがいい。

関連記事(僕がすでに検査した現場)

あわせて読みたい
Amazon.co.jp: 死霊のはらわた ライジング ブルーレイ&DVDセット(2枚組) : リリー・サリバン, アリッサ・サ... Amazon.co.jp: 死霊のはらわた ライジング ブルーレイ&DVDセット(2枚組) : リリー・サリバン, アリッサ・サザーランド, モーガン・デイビス, ネル・フィッシャー, リー・ク...

この記事を書いた人

「ホラー映画とは、設計ミスをした人間に下される鉄槌である」が持論の偏屈建築家。 お化け屋敷の動線からゾンビパンデミックの拡散シミュレーションまで、映画の中の「恐怖」ではなく「構造」を評価する。 ジャンプスケア(驚かし)には眉ひとつ動かさないが、非論理的な行動で事態を悪化させる登場人物には容赦なくダメ出しをする。 「一人で観る」のが基本スタイル。絶叫は騒音。以上。

目次